中国 現地生活情報
「中国現地生活情報」では中国の住宅や交通など中国就職後の生活の一助になる情報を、ご案内していきます。
『中国華南地方の地理と気候』 〜 中国現地生活情報
中国広東省は中国南部に位置し、香港と国境を接しています。

気候は亜熱帯、四季はありますが湿度、気温共に高い夏が長く、冬は最低気温が4度ぐらいまで下がります。
桜は残念ながら見られませんが、年中緑が豊かで南国の開放的な空気に包まれています。
![]() 小売店の前の木陰で休んでいる地元の女の子 |
![]() 果物の屋台のお姉さん |
『中国住宅情報』 〜 中国現地生活情報
中国での生活の第一歩はまずお部屋探し。一般的には地元の不動産屋さんにお世話になるケースが多いようです。また社宅、寮など用意してくれる会社もあります。

家賃は、広東省深セン市、東莞市内ですと贅沢を言わなければ2000〜3500元(32000〜56000円)が目安です。
上記価格帯の物件であれば、広さ50〜80平米、2LDK、家具家電付き・警備員常駐と、快適に住める要件は満たしています。(広東省はお風呂に入る習慣がないため、浴槽が付いていない物件が多くあります)
![]() こんな高層住宅がほとんどです |
![]() |
![]() デパートの上にマンションというのはよくあります |
![]() このような物件なら500元ぐらいであります、ちなみに1Fはローカルコンビニ(?)と公衆電話 |
中国の住宅を賃貸契約する際必要な資金としては、保証金2ヶ月、礼金半月分、前家賃1ヶ月の計3.5ヶ月分が目安ですが、住宅物件によって条件が異なりますので契約前に確認が必要です。
また契約期間内に解約しますと、保証金が戻ってきません。
一般的に契約期間は1年ですが、大家さんによっては半年契約可の物件もあります。
慣れない中国で部屋探し?と不安に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、赴任先の企業で住宅探しの手伝いをしてくれるところは多いのでご安心ください。(必要な場合は弊社も協力させていただきます!)
『中国の食事』
中国のレストランは、中華料理店(広東料理、四川料理、北京料理など)はもちろんですが、それ以外にも日本料理店、韓国料理店、ブラジル料理店、イタリア料理店、また日本と同じくマクドナルド、ケンタッキー、スターバックスなども多数展開しています。
![]() 中国ではなぜかマックよりも根強い人気の ケンタッキー。 店舗数は中国全土で2300店以上。 (マックはまだ900店に満たない) |
![]() こちらでも24Hオープンのマックが増えてきました。 マクドナルドと英語で言っても通じません。中国語では「麦当勞(マイダンラオ)」と言います。 |
![]() 熊本豚骨ラーメン店。現地でも人気があります。 元々台湾人が熊本で興したお店。今や中国国内だけでも219店舗、香港株式市場上場と大きく展開しています。 |
![]() 中華料理は比較的お手頃です |
自炊派の方は、一般の食材(肉・魚・野菜など)に関してはローカルのスーパーで調達、日本食材は市内にあるジャスコ、または日本食材店で入手できます。

『中国の交通』 〜 中国現地生活情報
公共交通機関としてバス、タクシー、地下鉄などがあります。
バスの運賃はバス会社、距離に応じて2〜10元(32〜160円)、乗車時に払う方式と乗車後車掌さん(女の子)が切符を売りにくる方式があります。![]() バス内はスリが多いので、 空いているバスに乗りましょう。 |
![]() |
タクシーは深セン特区内初乗り12.5元(200円)、深セン特区外、東莞市は初乗り7元(110円)です。
深センの地下鉄は2〜5元(32〜80円)。
![]() 地下鉄券売機、路線図にある目的駅名を 押し乗車人数を指定すると金額が 表示されるのでお金を入れる。 トークン(コイン切符)が出て来ます。 |
![]() 地下鉄構内。 2004年末に開通したばかりでぴかぴかです。 |
![]() プラットホームにもドアが付いています |
![]() 地下鉄内では飲食禁止です、意外と静か。 |
※上記日本円換算価格は概算です。為替相場変動により差異が生じますことをご了承ください。
『中国基本情報』 〜 中国現地生活情報
| 正式国名 | 中華人民共和国 People's Republic of China |
| 面積 | 約960万平方キロメートル(日本の約25倍) |
| 人口 | 約13億人 |
| 首都 | 北京 |
| 人種 | 漢民族(総人口の92%)及び55の少数民族 |
| 宗教 | 仏教・イスラム教・キリスト教など |
| 略史 | 1911年 辛亥革命により清朝崩壊 1912年 中華民国成立 1921年 中国共産党創立 1949年10月1日 中華人民共和国成立 |
『深センについて』
深センは毛沢東の後政権を引き継いだ?小平が1980年経済特区に指定し、外国企業の工場建設を誘致しました。外国企業にとっては安い労働力、中国にとっては雇用創出、税収(外貨)確保といった目的が合致し、20数年前までは 貧しい小さな漁村に過ぎなかった深センも大きく発展を遂げました。
![]() |
![]() |
| 1982年当時の深南大道、今も昔も 深センの目抜き通りです。 |
現在2008年の深南大道、10車線になりました。 |
![]() 1981年の深セン羅湖区、 当時はまだ高層ビルはありません。 1982年に建てられた深セン初のビルは 当時としては最高の7階建てでした。 |
![]() 1982年深セン市(南山区)、まだ牛が。 |
![]() 1980年初頭の深セン市内(福田区) |
![]() 現在2008年の深セン市内 |
そして深センは今もあちらこちらでクレーンが街を見下ろし、日々発展を続けています。























